戦争と難民とテレビ

まだしばらく自宅勤務は続く。家に籠って仕事してるうちに、どんどん暖かくなってきた。というかもう暑い。春はどこいった。

 新宿 常圓寺にて。Pentax K-1, DFA24-70mm F2.8

コロナのせいで、季節がなんどかスキップしてしまう感覚になんどか襲われているが、またか。という感じ。いつのまにか冬が終わると桜が散って、夏が来ていた。

家に籠って音を消してテレビをつけていると、ウクライナの戦争の映像がどんどん出てくる。スマホで撮ったものも多く、SNSで簡単に国境を越えて流通してくるものも多く、これほどリアルタイムに、劇場的効果も含めて戦場の映像が飛び込んでくるのは世界史上、初めてなのかもしれない。その凄惨な映像がウクライナの抵抗を勢いづけているのも本当だろう。

でも、と思う。紛争は、世界に、ずっとあったのだ。シリアで、チェチェンで、ロシア軍が関与して。アフガンで、スーダンで。難民も、ウクライナより日本にはるかに近いミャンマーとバングラデシュで、何十万人という単位で発生していた。2017年から始まった近年の危機はどうなったか?実は今でも続いているはずだ。2021年10月の時点で90万人。でも最新の状況は?この圧倒的な情報量の差は、一体全体なんだろう。画像があるから?テレビで受けるから?ロシアが分かりやすい悪役だから?人種差別だから?

なんにせよ、圧倒的に情報がそればかり流れるのは、何かおかしい、という肌感覚が僕にはある。

世の中が何か狂うときには、全体が全部で狂うからこそ、狂うからだ。そういう経験を僕らは繰り返し、してきたはずだ。

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